頭から蒸気の記

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クジラの彼   有川 浩

 自衛隊を素材にした短編恋愛小説集。

 この作品集で有川浩作品をはじめて読んだのだが、評判通りのおもしろさはもちろんだが、ひとつ学んだことがある。恋愛小説についての認識みたいなもの、についてだ。

 恋愛物語とは、男女(もしくは同性)の恋愛感情模様を描いたもの、だと思っていた。
 しかしそれは同義反復でしかなく、すくなくとも実際に書いたりする上で「役に立つ」認識ではない。

 だいたい、ひとくちに恋愛物語といったって、身悶えするほど引き込まれるものもあれば、ばからしくて読んでられないものもあるし、単純に退屈でしかないものだってたくさんある。
 では、それらの違いはなんなのだろうか?

 たとえば、歴史小説なら、「このなにがしという侍の生き様を通して、○○○(抽象的なテーマ)について描きたい」ということを、普通、考える。
 けれど、私は「恋愛小説」の場合については、そういう考え方をしたことがなかった。そしておそらくそれは間違っている。
 恋愛小説だって、「なんとかかんとかを通して、○○○(抽象的なテーマ)について描く」という発想をするべきなんだろう。

 その論法で言えば、多くの恋愛小説は、「男女(もしくは同性)の恋愛模様を通じて、『愛』もしくは『恋』について描」いているといえるだろう。が、おそらくそれだけでは不十分だ。いや、不十分というより、それだと「で、それを書けたの?」と自問自答するとき、非常に不安な気持ちにならざるをえないのではないか。
 その理由は恋愛が普遍的なテーマであるからだけではない。はじめの方に書いた例と同じ、認識が同義反復の無意味さから抜け出しきっていないからだ。




 本作品群では、男女の恋愛を通じて、「誠実さとはなにか」ということが描かれている。
 自衛隊という、現代日本で一番身近な軍隊組織が舞台になっていることで、そのことが非常に明確に(私には)感じられたのだ。

 もちろん、誠実さを描き出すためには不実を書かなくてはならないだろうし、誠実でありたいと思う気持ちを邪魔する迷いや不安といった心情的な障害、ロミオとジュリエットのような物理的・状況的障害も描かれなければいけないだろう。そのためには実際に主人公たちが揺れなければ、物語にはならない。
 しかし、「軸」ははずしたらダメだ。

 できうるなら誠実でありたい。
 誠実に対しては誠実で応えたい、応えられたい。

 そんな願いがなかなかかなえられず、いや、むしろほとんど叶わないのが恋愛の現場だろう。
 だからこそよくできた恋愛物語の主人公たちは、「誠実」を軸にして物語を編む。
 嘘も裏切りも、手練手管も権謀術策も、原因をひもとけば誠実であろうとする強い願いにいきつく。

 と、まあそんな感じで書けば、ええ感じの恋愛小説になるんじゃないっしょうかねえ? と思いましたわけなんですよ。

JUGEMテーマ:読書


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