頭から蒸気の記

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その背後にあるのは「欠乏」ですよ

基本的なことを思い出したので書いておく。

たとえばテレビだとか映画だとか、本だとか演芸だとか。
なんでそういうものが求められるのか。

「感動」だとか「感激」だとか、「うれしい」とか「楽しい」とか、
「爆笑」「笑った」「泣いた」とか、なんらかの熱に浮かされたような
感想が、そこかしこで語られている。私も含めて。

ゴルフだとかテニスだとか、テーマパークだとか美しい風景だとか
絵画だとか美食だとかも同じかも知れない。

そういうのって、なんか無条件に耳障りがよかったりする。
楽しそうな人を見るのも、楽しい話をきくのも心地よいことだから。

だからそれはそれでもちろんよいことであるし、そうですか、豊かですね、
実りある人生ですね、ということはいえる。

けど、やはりそこの元をたどれば、「なぜそれが必要だったの?」
という時点に戻れば、そこには、そういう気持ちの欠乏、飢えが
あったのだと思う。
日常生活ではそれらが満たされないから、プロの作り手がカネと時間
と技術をかけてつくってもので補う。

日常の食事ではまかないきれていないから、薬やサプリメントを
必要とするようなもので、それは現状に対応する手段としては
いたしかたないことで、生き抜くためにはとるべき道具のひとつでは
あるんだけど、そういうものを「必要」としていること自体、
満たされている人、そういうものが必要でないひとにとっては、
若干、不気味な存在に見えるだろうし、あまり自然なこととはいいがたい
状況にあることは忘れてはいけないと思う。

なんというかな。「同情すべきかわいそうなひとたち」なんだ。
私なんかは、きっとそうだろうが、しかし、顧みることはできると思う。

そんなに「いいもの」を求めなくてもいいんじゃないの?

モノつくってるとね、つい意地になって「感動させてやる」「笑わせてやる」
とか、そういう気分になっちゃうからね。書いておく。

そこまでせんでもいいじゃない。
これが私のおしごとです | - | -

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